仙台高等裁判所 昭和23年(ネ)131号 判決 1949年2月07日
控訴人
折笠ノブ
被控訴人
福島県農地委員会
同
尾野本地区農地委員会
主文
原判決を取消し本件を福島地方裁判所に差戻す。
控訴の趣旨
原判決を取消す、被控訴人福島県農地委員会が控訴人の提起した訴願につき昭和二十三年五月五日した裁決及び被控訴人尾野本地区農地委員会が別紙目録記載の農地につき昭和二十二年十二月二十一日公告した買收計画はいずれもこれを取消す、訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人において、「控訴人は右農地買收計画につき法定期間内である昭和二十二年十二月二十九日被控訴人尾野本地区農地委員会に対し異議の申立をし、同委員会が昭和二十三年一月二十一日した右異議却下の決定に対し法定期間内である同月二十六日更に被控訴人福島県農地委員会に対し訴願し、右訴願につき同委員会は同年五月五日訴願相立たない旨の裁決をしたが、右裁決も亦違法で取消を免れないものである。本訴請求の趣旨は当初から右福島県農地委員会のした裁決の取消を求める趣旨を含むものである。被控訴人尾野本地区農地委員会が長谷川嘉市外四名の小作している本件農地について買收計画を公告した日時は昭和二十二年十二月二十一日である。原判決摘示事実中原告の自作地及び小作地は合わせて一町五反とあるのは本件係争土地を含めてである。本件所有権移転登記は若松簡易裁判所の確定判決によつてされたことは争わないが、右訴訟が当事者双方の通謀により提起されたことは否認する。右訴訟における原告折笠ノブは河沼郡睦合村に住居している折笠又次の母であること及び原告折笠ノブは睦合村から尾野本村に単身分家したことはいずれも争わない。しかし右分家が不在地主の小作地として本件農地が買收されることを免れるために講じた策謀である点は否認する。昭和二十年十一月二十三日の指定期日当時に本件農地が河沼郡睦合村に住所を有する折笠又次の所有として登記簿上に登載されていたことは争わない。」と述べ、被控訴代理人において、「控訴人主張の農地買收計画に対する異議申立、異議申立に対する決定、訴願の提起、裁決及びその告知の各事実及び日時がいずれも控訴人主張の通りであることは争わない。」と述べた外、原判決事実摘示と同一であるから茲にこれを引用する。
理由
控訴人の主張は、要するに、控訴人は別紙目録記載の農地につき所有権を有する者であるが、右農地につき被控訴人尾野本地区農地委員会が自作農創設特別措置法第三条第一項第一号により定めた農地買收計画(昭和二十二年十二月二十一日公告)は違法であるとして、同委員会に対し右買收計画の取消を求めるものであることは、控訴人提出の原審訴状及び控訴状の記載によつてこれを認めることができるが、右原審訴状及び控訴状の記載と控訴人の当審における釈明事実、即ち控訴人は右農地買收計画につき法定期間内である昭和二十二年十二月二十九日被控訴人尾野本地区農地委員会に対し異議の申立をし、同委員会が昭和二十三年一月二十一日した右異議却下の決定に対し法定期間内である同月二十六日更に被控訴人福島県農地委員会に対し訴願し、右訴願につき同委員会は同年五月五日訴願相立たない旨の裁決をしたが、右裁決も亦違法で取消を免れないものであるから本訴提起に及んだ旨の事実とを綜合すると、被控訴人福島県農地委員会に対しては本訴において右訴願に対する裁決の取消を求める趣旨であることを窺い知ることができる。尤もこの点については記録に徴するも原審で右趣旨について釈明された形跡はなく原審訴状の記載だけから見ると、被控訴人福島県農地委員会に対しては同委員会が前記農地買收計画に対して与えた承認の取消を求めているものゝように見えるけれども、控訴人は要するに前記農地買收計画を違法であるとしてその救済を求めこれに対する訴願手続を経由したものであることを主張するものであるから、その主張の全体の趣旨から見ると、右原審訴状の記載の趣旨も亦前記のように右訴願に対する裁決の取消を求める趣旨を含むものと解するのがむしろ相当である。結局控訴人の本訴請求の趣旨は、被控訴人尾野本地区農地委員会に対し前記農地買收計画の取消を求めると共に、被控訴人福島県農地委員会に対し右訴願に対する裁決の取消を求めるものであるということができる。
そこで本件の訴、即ち被控訴人尾野本地区農地委員会に対する前記農地買收計画取消の訴及び被控訴人福島県農地委員会に対する前記裁決取消の訴の適否について審案するに、行政事件に関する訴訟の一般的取扱を定めた行政事件訴訟特例法第五条第一項及び第三項の出訴期間に関する規定は同条第五項により「他の法律に特別の定ある場合」には適用されないものであるところ、自作農創設特別措置法の一部を改正する法律(第二四一号)第四十七条の二及び同法附則第七条の出訴期間に関する規定が右の「他の法律に特別の定めある場合」に該当することは、右改正法律が昭和二十二年十二月二十六日に制定せられたものであることゝ行政事件訴訟特例法附則第三項の反対解釈によつて明であるから前記の訴の出訴期間については右改正法律第四十七条の二又は同法附則第七条が適用されるものであることはいうまでもない。しかるに行政事件訴訟特例法第五条第四項には、同条第一項及び第三項の期間は、処分につき訴願の裁決を経た場合には、訴願の裁決のあつたことを知つた日又は訴願の裁決の日からこれを起算する旨の規定があり、しかも同条第五項には「第一項及び第三項の規定は」とあつて、右第四項が除外されている。そこで右第四項の規定は単に行政事件訴訟特例法第五条第一項及び第三項の期間にだけ適用されるに過ぎないものであるか、それとも出訴期間について「他の法律に特別の定ある場合」にもなお一般的に適用されるものであるかという疑問が生ずるわけであるが、右第四項の規定の文理解釈上からは必ずしも前段の趣旨と解する余地が全くないわけではない。しかしながら同条第一項及び第三項の期間について右第四項の規定を設けた所以は、同法第二条により行政庁の処分に対し法令の規定により訴願(その他の不服申立を含む)ができる場合は、これに対する裁決(その他の処分を含む)を経た後でなければ訴を提起することができないことを原則としたゝめ、若し右第四項のような規定がないとすると、訴願手続に相当の期間を要することは免れ難い関係上、多くの場合訴願の裁決を経るまでの間に原処分に対する訴提起の期間が経過してしまつて結局訴願の裁決を経てからではもはや原処分に対する不服の訴を提起することはできない結果となり、かくては原告となるべき当事者に酷であるばかりでなく、訴願先行の原則を採用した右法条の趣意にも副わないからして、右のように行政庁の処分につき訴願の裁決を経た場合には原処分に対する訴についての期間も訴願の裁決のあつたことを知つた日又は裁決の日から起算することゝしたのである。ところで市町村農地委員会が自作農創設特別措置法第六条によつて定めた農地買收計画についても異議の申立及び訴願が許されていることは、同法第七条によつて明白であるから、農地買收計画の取消又は変更を求める訴についても行政事件訴訟特例法第二条の規定が適用されることは疑を容れない。尤も本件で控訴人が取消を求める農地買收計画は右特例法の施行された昭和二十三年七月十五日前である昭和二十二年十二月二十一日の公告に係るものであるが、右特例法は同法施行前に生じた事項にも適用されるから(同法附則第二項本文)、同法施行後である昭和二十三年七月三十日に提起された本件農地買收計画取消の訴についても右特例法第二条の適用があるわけである。而して農地買收計画その他自作農創設特措置法における行政庁の処分の取消又は変更を求める訴の出訴期間については、昭和二十二年十二月二十六日公布即日施行された自作農創設特別措置法の一部を改正する法律第四十七条の二及び同法附則第七条の特別規定のあることは前に述べたところであるが、その期間は前記特例法第五条第一項及び第三項の期間にくらべ、はるかに短いのである。しかるに一方自作農創設特別措置法第七条には、異議及び訴願についてもその申立期間を定めると共に異議又は訴願についての決定又は裁決をすべき期間を限定しており、仮にこの規定通りに異議及び訴願の手続が運ばれたとしても買收計画の公告があつてから異議に対する決定を経て訴願の裁決を経るまでには少くとも二箇月を要する勘定であつて、前記法律第四十七条の二の「処分のあつたことを知つてから一箇月の期間」は、異議訴願の手続が極めて短期間に終了するような稀有の場合は別として殆ど凡ての場合訴願の裁決前に過ぎてしまうことが当然予想されるし、又同法施行前に処分のあつたことを知つた者についても、同法施行後一箇月以内に訴願手続を完結することの難しい場合が多いことゝ考えられるからして、若しこの場合に前記特例法第五条第四項の適用がないとすると、行政庁の処分に不服のある者は異議又は訴願の手続が終らなくても一応法定期間内に訴を提起しておかなければ裁判所に対してその処分の取消又は変更を求めることはできないことになり、訴願の裁決の如何によつては無益に帰する訴であつても、ともかく予め提訴しておかなければ安心できないことになるわけであるが、かような事態は前記特例法第二条の訴願先行の原則を採つた法意に正面から衝突することはいうまでもない。尤も同法第二条但書によると、訴願の提起のあつた日から三箇月を経過したとき又は訴願の裁決を経ることに因り著しい損害を生ずる虞あるときその他正当な事由があるときは訴願の裁決を経ないで訴を提起することができる旨の、訴願先行の原則に対する例外が定められているから、前記のような場合には右但書の規定によつて、訴願に対する裁決を経ないで原処分に対する不服の訴を提起することができるものと解することも一応考え得られないわけではないけれども、右特例法第二条が訴願先行の原則を採用した所以のものはもともと行政庁の処分については訴願制度(訴願その他行政庁に対する不服申立を含む)を設けまず以て行政庁にその処分に対する再考の機会を与えることゝしているのであつて、その制度の認められているからにはできる限り訴の提起前行政庁の裁断を経ることによつて事態が正当に解決せられ、訴訟にまで進展しないで済むことを期待することが適当であるとの見地に立つものであることは明であるから、右但書の規定はあくまで訴願先行の原則に対し正当な事由ある場合の例外を定めたものに過ぎず、従つて前記のような場合、即ち若し前記特例法第五条第四項の適用がないとすれば殆んど凡ての行政処分について訴願の裁決前に訴を提起しなければ出訴期間を遵守することができないような場合にまで右但書の適用があるものと解することは訴願先行の原則を採つた趣旨に反するものといわなければならない。勿論前記自作農創設特別措置法の一部を改正する法律第四十七条の二及び同法附則第七条の規定は、同法の規定に基く農地改革の事業をできるだけ急速に逹成しようという趣旨に外ならないものであるから、若し同法による行政庁の処分については前記特例法第五条第四項の適用を排除し同法第二条但書の例外規定を適用しなければ右の趣旨を沒却することになるということであれば、更に考慮を加えなければならないことであろう。しかし仮に右第二条但書の規定によつて訴願の裁決前に原審処分の取消又は変更を求める訴を提起することができるとしても、その訴の提起された場合、事実上その訴訟を進行することができるかどうかは疑問であつて、むしろ訴願の裁決の結果如何によつては(例えば訴願の裁決の結果、原処分が取消又は変更されたとき)、結局その訴訟は不必要に帰する場合も予想し得る関係上本格的な訴訟手続の進行は訴願の裁決のあるまでこれを差控えることを相当とする場合が少なくないと考えられるからして、訴願の裁決のあつた日を出訴期間の基準とする場合と比較し、それほど事件の解決が早められるものとは思えない。のみならず訴願の裁決前に出訴した場合でも、又出訴期間が過ぎてしまつて処分に対してはもはや訴を提起することができなくなつても、これとは別に訴願の裁決自体に対してその裁決の日を基準とする出訴期間内にこれか取消又は変更を求める訴を提起することはできる。しかも右特例法第十二条によると、行政事件に関する訴訟の確定判決はその事件について関係の行政庁を拘束するものであるから、訴願の裁決に対する取消又は変更の判決が確定するときは、原処分も亦これに従つて訴願庁により取消又は変更されないわけにはいかないのであつて、從つて訴願の裁決に対する不服の訴が係属する限り、その判決が確定するまでは原処分も事実上不安定の状態にあることを免れないのであるから、前記自作農創設特別措置法第四十七条の二及び同法附則第七条の期間につき右特例法第五条第四項の適用がないと解したからといつて決して本案の終局的解決が早くなるわけではないのである。以上要するに、行政事件訴訟特例法第五条第四項の規定は、他の法律において出訴期間に関し特別の定をしている場合でも、その法律において特にこれが適用を排除する趣旨の認められない限りなお適用あるものとするのが相当である。従つて自作農創設特別措置法の一部を改正する法律第四十七条の二及び同法附則第七条についても右特例法第五条第四項の規定は適用されるものと解すべきである。
本件について見るに、自作農創設特別措置法の一部を改正する法律第四十七条の二によると、行政庁の違法な処分の取消又は変更を求める訴は当事者がその処分のあつたことを知つた日から一箇月以内にこれを提起することを要し、但し処分の日から二箇月を経過したときはこれを提起することができない旨規定しているから、被控訴人福島県農地委員会に対する前記裁決の取消を求める訴については右各期間は控訴人において裁決処分のあつたことを知つた日又は裁決処分の日からこれを起算しなければならないことは明であるが、被控訴人尾野本地区農地委員会に対する前記農地買收計画の取消を求める訴についても、前記のように行政事件訴訟特例法第五条第四項の規定が適用される結果、右各期間の起算日は控訴人において裁決のあつたことを知つた日又は裁決の日からこれを起算しなければならないのであつて、結局両訴ともその期間の起算日を同一にする結果となるのである。而して右自作農創設特別措置法の一部を改正する法律第四十七条の二に所謂「処分の日」とは行政庁の処分として外部に表示されその効力を生じた日の意味であつて、これを訴願の裁決についていえば訴願の裁決について訴願庁の内部的意思が決定された時の意味ではなくそれが裁決書の送逹その他の方法により関係者の了知し得べき状態に置かれた時と解すべきあり、行政事件訴訟特例法第五条第四項の「裁決の日」も右と同樣に解すべきである。本件農地買收計画に対する控訴人の訴願につき被控訴人福島県農地委員会が、昭和二十三年五月五日裁決をし同年七月一日裁決書の送逹によりこれを控訴人に告知したことは当事者間に争のないところであるが、右昭和二十三年五月五日は右訴願の裁決について福島県農地委員会が内部的に意思決定をした日の意味であることは本件弁論の全趣旨に徴して明であるから、前記各法条に所謂裁決の日若しくは処分の日は右裁決書が訴願人である控訴人に送逹された日即ち昭和二十三年七月一日と解すべきであり、又控訴人において反証のない限り右送逹によつて裁決のあつたことを知つたものと認めるべきであるからして、控訴人は、右裁決のあつたことを知つた日も右と同日であると認めなければならない。そして記録添綴の原審訴状に押捺された原裁判所受附日附欄の記載によると、本訴提起の日が同月三十日であることが認められるから、本訴はいずれも控訴人が右訴願に対する裁決のあつたことを知つた日から一箇月内で右裁決の日から二箇月を経過しない間に提起されたものであることが明である。尤も前記自作農創設特別措置法の一部を改正する法律の施行前(同法は昭和二十二年十二月二十六日施行された)に同法による行政庁の処分があつた場合については、同法附則第七条により特別の規定が定められているけれども、右規定の趣旨は同法第四十七条の二に定められた出訴に関する期間が従前の定め(昭和二十二年法律第七十五号第八条)より著しく短縮されたのに鑑み同法施行前にその期間の進行を始めたものについては同法第四十七条の二の規定に拘らず右期間の計算につき同法施行の日からこれを起算することゝしたのであつて、同法施行前に行政庁の処分があつたものでも前記行政事件訴訟特例法第五条第四項の規定により訴願の裁決の日を基準としてその処分に対する出訴期間が起算されるものについては、その訴願裁決の日が右改正法律施行後である限り、これにつき同法附則第七条の適用される余地のないことは明である。
以上説明の通りであるから本訴はいずれもその出訴期間内に提起された適法なものといわなければならない。
しかるに原判決は、前記の趣旨に反し、控訴人の本訴が前記自作農創設特別措置法の一部を改正する法律附則第七条の出訴期間経過後に提起された不適法のものとして却下したのであるから失当であつて、本件控訴はこの点において理由があり、原判決は取消を免れないものである。
よつて民事訴訟法第三百八十六条第三百八十六条を適用し主文の通り判決する。
(目録省略)